2021年6月16日(水)
4:20 尾瀬温泉小屋 – 段吉新道 – 5:00 兎田代上分岐 – 6:35 渋沢温泉小屋跡地 – 7:25 渋沢大滝 7:35 – 10:00 天神田代分岐 – 11:05 尾瀬温泉小屋(合計時間6h45m)
距離 : 12.8km 累計高度(+) : 919m 累計高度(-) : 917m
メンバー : 単独
天気 : 晴れ。次第に雲量増し10:40頃より雹、雷雨。
尾瀬ヶ原、只見川上流部に位置する「三条ノ滝」は落差100m、幅30mの日本最大級の巨瀑。日本の滝百選に定められており、まさに「名瀑」といえる存在。
渋沢(しぼさわ)大滝は、只見川支流の渋沢にかかる大滝だ。
かつて見物客の多かったであろう渋沢大滝だが、取り巻く登山道が全て廃道となり、今は山奥にひっそりと存在する秘境大滝となった。
私が今回、渋沢大滝に目をつけたのは、山仲間Sさんの勧めがキッカケだ。ブログ「山と渓の国」を運営するSさんは、かなりの滝マニアだ。
本来「滝」自体に大きな関心は無かった私だが、渋沢大滝を見に行ったことがキッカケで価値観が大きく変わった。Sさんのセンスに改めて脱帽。
今回のルートは、大半が藪と泥。渋沢温泉小屋〜天神田代間は、道らしいものは極めて不明瞭で、もはや獣道と化していた。時折現れる古い看板、木に塗られたペンキマーク、赤ヒモを発見するとようやく登山道の面影を感じることができた。
渋沢大滝は確かに素晴らしかったが、本音を言ってしまえば今回のコースはおススメではない。尾瀬ヶ原の大半は木道が整備され、湿原ではのんびりとハイキングが楽しめる。渋沢大滝を取り囲む奥尾瀬はかなり異彩を放っている場所だった。笹藪の中から見上げるブナの木々は美しかったが、1人で歩いていて寂しくなってしまったのもまた事実である。
今日は昼前より雷雨予報となっているので、早朝出発の午前中勝負。4:20、温泉小屋を出発。
段吉新道より兎田代上分岐を三条ノ滝方面へ。程なくして、兎田代下分岐へ到着。
分岐から数メートル進むと、早速藪に突入した。胸ほどの高さのあるクマザサは獣が踏み倒し整備されたのか、そこそこ歩きやすい獣道が出来上がっていた。私も同じように踏みつけながら進む。元の登山道がまるで判別出来なかったが、そのうちに藪地帯を抜けて踏み跡に合流した。
その後は比較的道は分かりやすく、順調に進む。あたりには広葉樹の明るい森が広がる。素晴らしい原生の香りを胸いっぱい吸い込む。
全体的にクマザサはまばらで、進行困難になる程ではないが、そんな生え方が逆に道を不明瞭に仕立て上げる。ちょっと草をかき分ければどこでも道のように見える。
木にくくりつけられた赤テープはけっこう目立つのが多く心強いが、時折忽然と見失う。
足元には獣道が錯綜し、一度だけ間違えて獣道を進んでしまった。50m程進んでしまってから違和感に気付き引き返す。
いよいよ尾根から外れて、葛折りの急斜面を渋沢に向かって下る。落ち葉に隠れたトラバースはなかなか悪く、転落注意だ。
そのうちに渋沢温泉小屋跡地との分岐に到着した。分岐にはトラロープが渡っており廃道であることを示している。
一度分岐を過ぎて渋沢出合まで下ってみた。
出合はそこそこ広い。温泉の水が混じり白濁した沢水が只見川本流に流れ込んでいた。
小沢(こぞう)平とをつなぐ橋は落ちてしまったようで、柱だけが残っていた。今のところ飛び石で問題ないが、雨天時、増水時は渡れなくなる可能性が大いにあり注意が必要だ。
下ってきた道を登り返し、トラロープを越えていよいよ渋沢温泉小屋跡地へ。そよそよと草花が揺れる小さな草原。
話に聞いた渋沢温泉小屋は、それは雰囲気の良い小屋だったそうだ。倒壊してしまったことを残念に思っている登山者も少なくない。一度は泊まってみたかった。
小屋跡地の少し先で再び渋沢に降り立つ。
旧登山道は右岸沿いに続くようで、注意深く観察しながら上流へ歩いてゆくと赤テープを見つけた。印を追って右岸へ登ると、一面シダに覆われた場所。もはや道は完全に隠されている。鬱蒼と生い茂ったシダを掻き分けながら進む。
足元はドロドロで靴はすでに汚れている。今日という日に限ってトレランシューズを履いてきてしまったが長靴を選ぶべきだったと後悔。
そのうちに左手に梯子が現れた。朽ち果てた梯子をそっと手で持ちあげてみると、あっさりと宙に浮いた。到底体重を預ける気にならず、木を掴みながら湿った岩をクライム。まるで沢登りの高巻きのよう。あれ、今日は何しに来たんだっけ?
看板や赤テープがちらほらあるが、踏み跡は消失しており、ルーファイしながら進んでゆく。
ピャーピャーと何度も鹿の鳴き声が聞こえる。
見下ろす渋沢はひたすらゴーロ帯で、沢床を詰め上がってもいけそうだ。
ついに、目前の木々の向こうに渋沢大滝が姿を現した。藪と泥の世界に忽然と現れた大滝は私の胸を躍らせる。
いよいよ渋沢大滝の展望所へ。左手には粛々と水を垂らす絹糸の滝。
渋沢を右岸から左岸へ渡渉して渋沢大滝の懐へ向かう。左岸を見ると迫り出している柱状節理の岩壁に圧倒された。上から岩が落ちてきやしないかと冷や冷やしながら滝壺へ近づく。
轟々と、見上げた空から止め処なく水が降り注ぐ。水の勢いは風を生み出し、私に強く吹き付ける。あまりの迫力に、ただただ飲み込まれるばかり。近くに立っているだけで足がすくむ。
藪を漕ぎ、泥を踏み、苦労して到着した大滝は素晴らしいものだった。
滝を充分眺めた後、いよいよ往路を辿る。帰りはサクサク捗り、あっという間に分岐へ。
天神田代へ向かう道も既に廃道化している。看板はあるものの、こちらも不明瞭。沢型をグイグイ直登し高度を稼ぐ。標高1,200m付近、崖マークを登り詰めると、樹林の急登にうっすらと葛折りの踏み跡がついていた。しばらく調子良く歩くが、その後何度かクマザサの中で踏み跡を見失う。登山道にあまり固執せず、サッと探して見つからない時は方角を確認しながら藪を漕ぐ。
標高1,480m付近、比較的踏み跡は分かりやすいが、両サイドの藪がなかなか密集しており見通しが悪い。
足元の泥には熊の足跡が残り、新鮮なフンまで落っこちていた。何頭かの獣が今日も往来したことが容易に想像できる。
その時、前方の藪でガサガサ!と物音。姿は見えない。こちらがひっそりと息を潜めると、相手も動かなくなった。
まずは鹿の鳴き声を真似して声を出してみるが、反応がない。経験上、小鹿や若い鹿は、こちらが鳴く?とつられて返事する。(大人の鹿には大体無視される。)ここでの反応を期待したかった。潜む獣が熊である可能性もゼロではない。
沈黙の間がつづく。
その沈黙を破るように、今度は近くの立木を突然思い切り揺らしてみた。
相手はびっくりしたようで、ガサガサと藪が勢いよく揺れた。音は次第に遠ざかっていった。
音の感じからすると、大人の鹿だろうか。どちらにせよ鉢合わせを回避出来て良かった。
ここら一帯は笹が濃く、まるで安心できない。ひたすら遭遇しないことを祈りながら、歩みを進める。
果てしない藪と緊張感に精神力も削られて、テンションも低くなっていたころ、突然、目前にクロベの巨木群が現れた。
数体のクロベたちが取り囲む中心部は、根っこが地上から浮き上がり、まるで舞台のようになっていた。
山歩きを通して、何度か巨木を目にしたことはあったが、ここまで心引き寄せられたことは今まであっただろうか。あまりにも神聖な雰囲気で、写真を撮ることすら無粋に思えたが、やはり美しさに感動してしまい一緒に写真を撮らせてもらった。
予期せぬ出会いに疲れた心は一瞬で癒された。山の懐の広さを感じたひとときだった。
暫く藪を漕ぎ、いよいよ見慣れた木道と合流。
朝はあれほどすっきり晴れていた空もいつのまにか積乱雲が発達している。最近の傾向を考えるとそろそろ雨が降り出しそうだ。
暑かったがカッパは脱がずに、登山道を温泉小屋に向けて歩き出す。
程なくして、渋沢上流にかかる橋を渡る。数時間前には同じ沢の下流にいたのだと思うとなんだか不思議な気持ちになる。眺める渋沢に水は無くすっかり枯沢となっている。渋沢大滝の水は一体全体どこから集まっているのか。
その後に渡った支沢も渋沢大滝に水を落とす沢の1つだ。まるで大滝の姿など想像できない穏やかな流れ。一体全体、あの大滝に最も水を送り込んでいるのはどの沢なのか。渋沢大滝の上部の様子はどうなっているのか。興味が湧いてしまった。
そのうちに予想通り降雨…ではなく雹が降り出した。想像以上に、これからの天候は悪いようだ。
持ってきていた折り畳み傘を広げて、温泉小屋へと急ぐ。次第に雹は土砂降りに変わった。3発程、雷の音を背中で聞きながら、11時過ぎ、温泉小屋無事帰着。