私にとっての「自由な登山」とは、まさに今回のような山行だと思う。辛くて涙が出てくる時もあったが、楽しくて非常に満たされた5日間だった。稜線から谷間まで。オオシラビソの生える雪稜から新緑眩いブナの森まで。登って下って、色々な南会津らしさを肌で感じることが出来た。
降雪に見舞われた日があったものの、ほとんどは好天日に恵まれ順調に山行を進めることが出来た。天気の神様にも感謝。最初から最後まで大満足の山旅となった。
2022年5月2日(月) 晴れのち雨、夜間は雪
4:45 奥只見丸山スキー場 – 6:35 尾根取付 – 10:10 倉前沢山 – 12:40 大熊峠 – 15:05 三角点1,226.6mの少し先
2022年5月3日(火) 曇り時々雪。夕方より晴れ
5:10 三角点1,226.6mの少し先 – 5:50 袖沢峠 – 9:50 標高点1,266m – 12:35 CO1,520m地点
2022年5月4日(水) 晴れ
4:35 CO1,520m地点 – 6:35 丸山岳 – 8:05 標高点1,723m – 西実沢 – 10:30 東実沢出合 11:25 – スギゾネ沢左岸尾根 – 15:05 標高点1,754m – ミチギノ沢左俣 – 16:30 標高点1,202m
2022年5月5日(木) 晴れ
4:40 標高点1,202m – 8:35 三岩岳 – 9:45 標高点2,057m – ムジナクボ沢左俣 – 10:15 標高点1,596m – 12:55 三角点1,988m – 中門沢 – 13:35 二俣出合 – 15:30 鷲嵓御天上
2022年5月6日(金) 晴れ
4:35 鷲嵓御天上 – 6:35 中門岳 – 7:30 会津駒ヶ岳 – 9:10 会津駒ヶ岳滝沢登山口 – 国道
距離 : 49.4km , 累計標高差(+): 6,064m , 累計標高差(-) : 5,826m
【帰り】
・檜枝岐村→只見駅 (車で檜枝岐のHさんが送ってくださった)
・15:40只見駅→16:51小出駅 (只見線¥990)
・小出駅→奥只見丸山スキー場 (小出タクシー¥12,430)
メンバー : 2人(Waka, Kさん)
1日目 : 奥只見ダムから村杉半島
5月1日の夜に奥只見ダムで仮眠して、翌朝4:45駐車場より出発。朝イチ、スキーの滑降モードで只見川左岸林道に降り立つ。雪面が真っ黒に汚れており、想像以上に板が滑らなかったがどうにか林道へ無事着地した。
スキー板の裏を見たら、全面にびっしりと真っ黒の汚れが付着しておりびっくり。手で触るとベタベタする。なんだこれ。Kさんのスキー板のソールも同じく汚れておりネッチョリしていた。スキー場の油か何かだろうか。のっけから板を汚してしまい、かなり後悔した。これで滑降性能が大幅に下がってしまうのは明らかだ。シールを貼り付けたら汚れてしまいそうだ。今の斜面、滑らないで大人しく歩けばよかった・・・。
私がこの林道を歩くのは2回目。以前はもう少し早い時期に歩いたので、頭上の、今にも崩れ落ちてきそうなクラックの入った雪面をヒヤヒヤと見上げながら歩いていた。今回は斜面の雪が既に落ちている場所が多く前回より安心して歩くことが出来た。その代わり林道にはデブリが散乱しており歩きづらい。最初はペタペタとスキーで歩いていたが早々にアイゼンを装着してシートラーゲンに変更。
橋を渡って只見川を横断する。6:35、倉前沢山へ至る尾根の取り付きに到着。
見上げて唖然とした。尾根に雪が無い。てっきりこの場所は雪があると思っていたのに。仕方ないので、引き続きシートラーゲンのまま登り始める。なるべく雪を繋いで歩いていたが、時折藪に突っ込まざるをえず苦しい登りとなる。
傾斜が緩み、尾根が広くなると雪の上を歩けるようになった。周囲の、見上げるほどに大きなブナたちが美しい。足元の雪上にはブナの落とした芽鱗が散らばっている。頭上の高い場所ではお包を脱ぎ捨てた新芽たちがそよそよと揺れている。ああ、やっぱり良い場所だ。ブナの広場で早速テントを広げてくつろぎたくなったが我慢した。私たちはまだまだ先へ行かなければいけない。
10:10、倉前沢山へ到着。広大な雪稜へ乗り上げる。左手には村杉半島の最高峰、村杉岳(1,534.6m)が真っ白な姿を覗かせている。素晴らしい展望、一面の白い雪原に藪を漕いできた疲れが多少癒された。本当はここから目の前の倉前沢を滑降して白戸川横断、大曽根山へ向かって登り返す予定だったが、今までの雪溶け具合と、只見川の増水っぷりを考えて白戸川の横断は困難かもしれない、という判断に至り、尾根通しで丸山岳を目指すこととした。
倉前沢山周辺の雪原はスキー板を履いて進む。ベタベタ事件のお陰でシールを貼らなくても板が滑らずにスイスイ。笑
そのうち雪が途切れ始めたのでシートラーゲンに変更。目前にはいよいよ藪の続く細尾根が迫ってきた。この稜線での藪漕ぎは出発前から予想していたが、やっぱり目の当たりにすると気分が下がる。
覚悟を決めて歩みを進めると、藪の中にはうっすらと獣道が続いていた。獣の生活道路を活用させてもらいつつ藪を漕ぐ。
ふと前方を見ると、白い先行者が。キツネ?テン?かと思ったが、カモシカだった。白い毛並みの個体は初めて見た。
時折現れてくれる雪はまさに救世主。藪を漕ぐより格段に歩行が捗る。雪ってこんなに歩きやすいんだ。
藪漕ぎには辟易してしまうが、周囲の美しい展望には感動するばかり。山腹のブナの新緑がなんとも可愛らしくて思わずほっこりしてしまう。
途中、白戸川を見下ろせる場所があった。沢はまるで埋まっておらず轟々と沢水の流れる音まで聞こえてくる。遠目から水深までは分からないが、やっぱり白戸川へ降りなくて良かったかもしれない。
藪の痩せ尾根をひたすら歩き、15:05、三角点1,226.6mを越えた辺りの平坦地で幕営することとした。15:00前から降雨が始まり焦ったが、びしょ濡れになる前にテント内に逃げ込むことが出来た。
昼間は「焚き火がやりたい!」と騒いでいた私だったが、雨は降っているし、すっかり疲れてしまったし、そんな気力は無くなってしまった。日が落ちてからチラリと外を覗いてみたら、雨からみぞれ雪に変わっていた。GWの降雪は遭難の典型的な気象条件だ。もはや他人事でない現状に気を引き締める。
明日は天候がすぐれない予報だ。Kさんと話し合って、悪天が続くようだったら早めに行動終了して停滞しようと決めた。さっと食事を済ませて19:00頃には就寝。
夜中に、外からザッザッと足音が聞こえたような気がした。集中して耳を澄ますとやっぱり同じ音が聞こえる。獣が周りをウロいているのだろうか。そのうち私たちの歩いてきた方向から人の話し声が聞こえた気がした。ザッザッと足音が次第に近づいてきてテントの近くまで来た時に男性の声音で「お先です〜。」と言う声が聞こえてきた。そのまま足音は私たちのこれから向かう方向へと遠ざかっていった。
わざわざ夜中にテントの中に居る人に向かって外から声を掛けることはあり得ない。疲れていたので幻聴だろう。でも私自身、割と目が覚めていて覚醒状態だったのも確かだ。もしかしたらいつかの誰かが本当に声を発したのだろうか。不思議なひとときだった。
2日目 : 丸山岳へ続く藪尾根を進む
翌朝3:30起床。天井を見上げるとテントの形が歪んでいた。外へ出ると昨晩の降雪による新雪が2cm程積もっていた。タープの上にも雪が積もっていたので、手袋をはめてどかす。今日も藪漕ぎの予定。こんな状態では服がびしょ濡れになりそうだ。それにこういう薄かぶりの新雪は苦手だ。岩や木の根が雪に隠れて不用意に歩けばスリップしそうで怖くなる。
テントに戻り食事を済ませて5:10出発。空を見上げると重たいどんよりとした雲が広がっている。今にも雨や雪がこぼれ落ちてきそうな雰囲気。アイゼンを装着してシートラーゲンから始まる。しばらく広い尾根が続き、雪も繋がっているので快適。
5:50 袖沢峠到着。ここは昔から使われていた道のようで、峠にあるブナには落書きがされていた。右の沢筋はやや急斜面ではあるが左の沢筋は確かに登下降しやすそうだ。袖沢峠が今現在も少なからず利用されているのは事実で、丸山岳を目的地とした周回の沢登りで袖沢北沢と白戸川メルガ股沢を繋ぐルートとして沢屋が往来している。私はまだ沢登りでは訪れたことがない。無雪期にまたここへ行ってみたくなった。
袖沢峠を越えると再び痩せ尾根、藪尾根が始まる。藪に奮闘しながらもジリジリと進んでいく。
雲が次第に厚くなってゆきいよいよ雪が降り始めた。数十分おきに降ったり止んだりを繰り返す不安定な天候。不快な天気だが頑張って前進する。ようやく止んでくれたと思ったらまた雪が降り始めた。そのうち止むだろうと思っていたが、今度の降雪は次第に強まってゆく一方。Kさんに「さすがに雪強くない?」と声をかける。Kさんも同意見だった。
ベチャベチャのみぞれ雪が空からひきりなしに落ちてくる。身体がびしょ濡れになったら堪らないので急遽タープを張って待機することにした。
張り終えてタープに潜り込むと、次第に空模様は明るくなってゆき、しまいには暖かな太陽と青空が顔を出した。ずっと静まり返っていた山の小鳥たちがチチチ・・・と一斉に歌い出す。あれれ??これ、マーフィーの法則ってやつ?笑
現在8:00過ぎ。Kさんと相談して8:30まで様子を見て降雪が無さそうなら出発しようということになった。この空き時間にスキー板のベタベタを取り除く作業に徹する。色々な除去方法を考えたが、一番はKさんの持っているノコギリの背で擦ると取れやすいことが判明した。結構ゴリゴリやっているがソールは意外と傷付かない。普段滑降中に「ガリッ!」と枝や石を踏んでソールを傷つけてしまう時はかなりの圧力がかかっているんだろうなと思った。
8:30になっても降雪はなかったので再びタープをしまい出発。先ほどまで見えていた青空は姿を潜め、再びどんより曇り空に・・・。
結局天気は不安定なままで、雪が降ったり止んだりを繰り返す。それでも先ほど停滞した時ほどの降雪はなかったのでとりあえず行動は継続することが出来た。
それにしても藪漕ぎが凄まじい。Kさんは器用に藪を突破してゆくが、私は引っかかりまくりで思うように進めず発狂しそうになる。スキーブーツを太ももまで持ち上げて藪を踏みつける。その一つの動作がもはや筋トレで辛い。さらに地面にびっしり蔓延る根っこに滑って転ぶ。最初こそ藪に悪態をつく余裕もあったが次第に無言になってゆく。
でも、辛いのは今だけだ。丸山岳を越えたらきっと雪は繋がっている。今だけの辛抱・・・。
そのうちに石楠花まで現れて、もはやため息しか出ない。そして今までずっと穏やかだったKさんが2度程発狂している声をついに聞いてしまった・・・。
うっすら獣道に合流すると、ちょっとは藪漕ぎから解放される。痩せ尾根の一本道にはホカホカの熊糞が散見され、熊の大きな足跡が続いている。まだ新しいものでさっきまでそこに居たのだろうか。
そしてついに本物を発見してしまった・・・。私たちのいる場所から足跡が向かっている先、遠くの木の上に熊がいるのが見えた。どうやら木の上で餌を食べているようだ。そのうち満足したのか木を降りてどこかへ行ってしまった。もぞもぞ動いている様子や大の字になって木を降りていく様子がなんだか可愛くてほっこりしてしまった。
ベアー🐻が降りてきた! pic.twitter.com/m9LekEoiQe
— Waka (@3776_yamanchu) May 7, 2022
12:35、少し早いがCO1,520m地点で幕営とした。丸山岳まであと標高差300m程のところだ。私がすっかりヘロヘロになってしまったのと、これより上部は今の所ガスっているし、風を遮る樹林帯が無さそうだったので、Kさんがここがちょうど良いと判断したようだ。
私は疲れ切ってしまい、早々にシュラフに潜り込み昼寝。Kさんは外でスキー板のベタベタ剥がしに専念していた。意識が飛び、再び目を覚ましたら15:00。外でKさんの呼ぶ声が聞こえてきて出てみたら焚き火がついていた。Kさんが、私が寝ている間に私のスキー板のベタベタまで取ってくれたようで、感謝ばかりだ。
行動中は雪ばかり降っていた空からは、すっかり雲が消えさり青空が広がっている。
もしかしたら今日中にもっと進めたかもしれないと思って、Kさんに「私がバテバテでなければもっと歩けたのにごめんね」と謝ったら「元々ここが幕営適地だと思っていたから大丈夫だよ」とのことだった。
それに南会津はのんびり過ごすべき山域だと。昼過ぎにテントを張って、焚き火をして、周りの展望を眺めて、ゆっくり流れる時間を楽しむ。たしかに贅沢なひとときだ。のんびりしているKさんは幸せそうな表情をしていた。
18:00過ぎから次第に空が赤く染まってゆく。山の美しい時間をKさんと2人で心ゆくまで楽しんだ。
後編はこちら↓