読書

俺は沢ヤだ! 成瀬陽一(著) 東京新聞出版局

 先日、山仲間の一人から、「オススメの本」を借りた。

俺は沢ヤだ!

著者は、日本一の沢ヤと呼ばれている成瀬陽一氏である。

内容はとても面白く、一気に読了してしまった。
この本を勧めてくれた友人には感謝したい。

驚いたのは、成瀬陽一氏が過去に南アルプス深南部の沢に通っていた事だ。
私にとって南アルプス深南部は身近な存在である。

成瀬氏の遡行した沢の中で、私も過去に足を踏み入れた事のある沢があった。
信濃俣河内支流の「小沢」。
結局「小沢」では、ゴルジュを登れず、高巻きにも苦戦し、時間切れの為撤退してしまった。

ここのゴルジュの高巻きで時間がかかる。

側壁はボロく、側壁上に体積した岩がロープにあたりビュンビュン落ちてくる。

上部には良い支点が無かった為、草を利用した。
先にプーリーで全員のザックを荷揚げして、私も最後にフォローで登った。

時間切れの為、側壁を登り切った段階で、引き返す。
土の急斜面が続き、たまに懸垂下降をする。
しかし、谷を進むよりはいくらか楽だ。
もし、行きの高巻きでこのルートを使っていれば、もっと奥まで進めていたのでは。と思った。

この本を読んで、久々に当時の記憶を思い出した。
もし実力をつけて、再び「小沢」を遡行したらどうなるだろうか。
当時は越えられないと思っていたゴルジュを突破出来るようになるだろうか。
高巻きや、現地の判断はどうするだろうか。
そんなことを考えたら、何だか「沢登り」をやりたくなってしまった。

本書を読んでいると、とにかく成瀬氏の好奇心の強さには驚かされる。
本当に根っからの「山好き」であることがありありと伝わってくる。

そんな彼は常に「山」を多角的に見ている。
そして、それこそが、本当に山を楽しむ為に必要な事ではないかと思った。

自分の目標を設定出来ずに、安易に険しいと言われる谷ばかり漁るのは、誰かの決めた名山を盲目的に追いかけているのとさして変わらない。

どんな谷に向かうにしても、自分なりのこだわりや何らかのテーマがなければ沢登りは希薄になっていってしまうだろう。

山に対する好奇心を持つことで、探究心、ワクワク感は、きっと自然と生まれてくる。

自分なりに情熱を持って、探究を続けていく。
「知っている」からこそ、新たな閃きがあって、斬新なチャレンジが出来るのだろう。

「富士山は嫌い」と言う人をたまにネット上で見かける。
「夏の富士山は混雑していて、一切登山の雰囲気を感じられないから。」
確かに、そうかもしれない。
しかし、それは富士山のたった一面にしか過ぎない。

富士山は登るだけではない。スキーやボードで滑降することができる。
アイスクライミングだってできる。
春や秋に登ったのか?
厳冬期に登ったことはあるのか?
ルートだって、御殿場、吉田、須走、富士宮の4ルート以外にも存在する。
夏の富士山を登ったくらいでは、富士山のたった1%ほどしか理解していないだろう。
それだけで、富士山の全てを決めつけてしまうのは、早計だし、勿体ない事ではないだろうか。

つまりは、そういうことだろう。
山をもっと楽しみたいなら、手探りでも良いから、常に好奇心を持って、探究していく姿勢が大切なのだ。
山をより深く「理解」する事だ。

しかしながら、最近の私は、正直なところ、その気持ちを少し忘れかけてしまっていた。

過去に「小沢」に足を踏み入れた時は、今以上に「好奇心」でキラキラ輝いていた自分がいたように思う。
小沢を詰めた先の稜線、南東に降ると「大根沢山」という山がある。
尾根通しで山頂へ登った事はあるが、沢からは登れるのだろうか?
純粋にそんな興味から山行は始まった。
まだ歩いたことのないラインで、大根沢山のピークを目指してみたいと思っていた。
結局、途中撤退してしまったが、私の中では大冒険で、印象深い山行だった。

この本を読むことが出来て良かった。
改めて、自分の気持ちと向き合うことが出来た。
やっぱり私は山が好きだし、もっともっと楽しみたい。
魅力ある場所を見つけ出して、たくさん歩きたい。

もう一つ、私にとって大切な事。
私は、山は一人では行けない。
仲間がいるからこその登山であると思っている。
登山だけではなく、精神的な面でも常に山仲間の皆には支えられている。

私以上に情熱を持って取り組んでいる山仲間が周りにたくさんいる。
その後ろ姿をみていると、不思議と私の中にも活力がこみ上げてくるのだ。

素晴らしい山仲間たちに恵まれた事にも感謝したい。

俺は沢ヤだ!
色々な気付きがありました。
とても良い本です。
勧めてくれた友人に感謝!

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